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しおりんのりんりん日和

100万回だって生きたい女の子の毎日…

待機児童問題から考える新しい「幸せ」の形。幸せの尺度はお金よりも時間よりも「場所」である

日々の気づきと記録

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幸せの尺度はしばしばお金や時間の有無ではかられる。

お金があれば幸せ。

お金があっても時間がなければ使えないし、全然幸せじゃないよ…

 

いろんな言い分があると思う。

だけど、これからも時代は、「場所」じゃないかな?

最近大きな問題となっている待機児童問題。

 

しかし、待機児童が0の自治体も多く、待機児童は、都内など都市部で大きな問題となっています。

 

さて、話は変わって、ここ数年、地方への移住促進が活発に行われています。

「地方創生」という言葉も所々で使われ、政府の機関を地方に移すなんて案も出ていますよね。

このように、人口の少ない地域に一人でも多くの人を呼び込もうと、公共、民間問わず、様々な機関が色々なことをしているわけです。

 

そんな中、ブロガーやデザイナーなど、一部のクリエイティブな職業の人間が多く地方移住しているという現状があります。(これは結構主観かもしれないですけど。)

 

ただ、なんでそんなことが起こるのかというと、そもそも、普通の会社員が会社を辞めて縁もゆかりもない田舎に移住するなんて、どう考えても無理がありますよね。

 

そういうこともあって、ブロガー、デザイナーその他、どんな場所でも自分で仕事を作れるような特殊で個性的な人間たちが多く地方に移住しています。

肌感ではありますが、地域おこし協力隊には、高学歴、元一流企業社員という人がかなり多いように感じらるので、やはりある程度の優秀さや破天荒さは必要なんだろうなと思っています。

 

そして、そういった特殊な移住者が増えた地元では、しばしば移住者たちが、「自分の好きに場所を選んだらいい」「都会がいい、田舎が悪い、またその逆でもなく、自分が住みたいところに住もう」みたいな、一般人には到底受け入れられない持論を展開するのです。
(個人的には、まだ一般人がそんなことができるフェースではないにしろ、今後はそういう時代になっていってしかるべきだとは思っています。)

 

田舎にいる人間は都会に行きたがる傾向がありますが、それでも、家業を継がなくてはならない、家族の事情で…

など、様々な理由で地元にとどまらざるを得ない人もいるし、単純に一旦地元で就職してしまえば、都会に得る機会はなくなってしまうでしょう。

そんな人たちには、いくら都会が豊か(ある意味では。)であっても、都会に出るのはそんなに簡単じゃないんだというのが当たり前だと思います。

 

逆に、一旦都会に出て就職して家庭を持ってしまえば、地元であっても田舎に戻ったり、ましてや縁もゆかりもない田舎に理由もなく移住することは至難の技だと思います。

 

しかし、実際にそれをやってのけている人間がいることも事実です。

 

都会がいい、田舎がいい、どちらなのかは人によるでしょう。

そこで今回クローズアップしたいのが、待機児童の問題。

 

毎年年があけると、風物詩のように待機児童問題が毎日のようにテレビで取り上げられます。

昨年は「保育園落ちた、日本死ね」と書かれたブログが社会現象となり、流行語大賞にもなりました。

 

待機児童の問題にフォーカスすると、間違いなく都会は住みにくい場所です。

 

「「保育園に入れられず、仕事にも復帰できない。どうすればいいのか!」」

 

この叫びはまさに、「簡単に田舎に移住なんてできるわけがない」「簡単に都会に出られるわけがない」という主張と全く同じ質のものだと思うのです。

 

田舎の人は、それなら都会に住むのをやめればいいじゃない、と思うかもしれません。

でも、田舎の人が都会に出られないように、都会の人も、一度都会の人になってしまったら、なかなか田舎には戻れないのです。

 

この現状を見ると、幸せの尺度は、時間でもお金でもなく、「場所の選択ができるか否か」なのではないかと思います。

都会にいる。とか、田舎にいる。とか。「場所そのもの」ではなく、「場所の選択の余地」や「移動の可否」。

これが、これからの幸せの尺度ではないかと。

 

「お金」があれば、引越しをして、どこにだっていくことができるという人がいるかもしれません。

でも、その「お金」を得るために、どこか固定の「場所」にとどまり続けなければならないのなら、やはりそのお金は「場所」に保障されている幸せでしょう」。

 

そもそも「場所が選択できる」状態というのは、お金も時間もあるということを包括しているんだと思います。(お金がなくても、人によっては地方移住はできてしまうのですが…)

 

そう考えると、場所が自由に選択できる状態が最高だと思います。

 

さっき、「場所の選択ができる」ことがこれからの幸せの尺度といったけど、私たちはもうその価値観をずっと昔からもっていると思うんです。

 

よく、欲しいものは何?って聞くと「どこでもドア」って答える人がいますよね。

私も欲しいです、どこでもドア。

 

どこでもドアがあれば、田舎に住みながら都会で仕事ができる。

逆だってできる。

朝起きてすぐに会社にいくことができる。

交通費はいらない

 

これらは大きな時間とお金の節約ですよね。

つまり、どこでもドアで好きな時に好きな場所に行ければ、他のほとんどの物事が解決することを、私たちは無意識に知っていたのです。

 

さて、どこでもドアが完成するのはいつのことになるのやら…

 

それまでは、自分自身の力で場所を選択できる力を持っておきたいものです。